2014年6月9日月曜日

2014.06.09 朝靄の谷津を散歩する (鎌ケ谷市・中沢)

連日の雨がやんだ早朝、家の周囲は一面の靄におおわれました。
久しぶりの朝靄です。
早速、中沢の谷津へと出かけていきました。

谷津の一帯は 靄におおわれています


あじさいの里 これからがアジサイの美しい季節です


根郷川に架かる橋 フェンスを見ると 雨による水位の上昇がわかります


根郷川上流を望むと、墨絵のようなグラデーションの景色


谷津の上には はるかに青空が見えます


かつては、しばしば 朝靄が出て 一帯は墨絵のような世界になりました


その昔、貴族院議員 三橋彌の住んでいた猿根の辺りから谷津を見た風景


雨で土砂が流されています 濡れているのは搾り水(湧水)のため


徐々に朝靄が晴れてきました


根郷川下流を望んだところ 向こう側には外和戸の斜面林が見えます


根郷川の上流方面は まだ深い靄におおわれていました


ここで  「朝靄散歩」の終了

 

2014年6月7日土曜日

本埜の古刹(1) 瀧水寺(印西市・滝)

先日、印西市・本埜地区の〈滝〉を通りかかったときに、心惹かれる たたずまいの寺院が見えたので 寄ってみました。

瀧水寺・藥師堂の門柱

所在地は、印西市(大字)滝1009番地。
明治時代の中頃までは、この周辺は瀧村という地区でした。

瀧水寺の位置
国土地理院の電子国土Webシステムから配信されたものを利用


門柱には、右に「天台宗 瀧水寺」、左に「醫王殿 藥師堂」とありました。
本堂と離れて、この薬師堂が建っています。

藥師堂の門柱 (右) 「天台宗 瀧水寺」


藥師堂の門柱 (左) 「醫王殿 藥師堂」


「瀧水寺」の読み方がわかりませんでした。
自宅に戻ってから調べたところ、印旛郡市文化財センターの広報紙「フィールドブック」に「瀧水寺裏遺跡」の記載があり、それには「りゅうすいじ」とルビが振ってありました。
 ➜ 印旛郡市文化財センターの広報紙「フィールドブック」 No.15

追 記 2014.07.25
「ろうすいじ」と記載されたサイトもあり、これも本当らしく思えました。
そこで、このお寺のご住職にお聞きして確認しました(これが一番確実)。
「りゅうすいじ」と読むとのことでした。
この追記 おわり


藥師堂のそばには谷が切れ込んでいます 昔は海に面していたのでしょう


 境内に入ると仁王門がどっしりと構えています


仁王門の左右には 二体の金剛力士像


仁王門右の金剛力士像(阿形像)


仁王門左の金剛力士像(吽形像)


金剛力士像は鎌倉時代末の制作ではないかと書かれています


仁王門奥の薬師堂 一般道路を挟んだ隣の境内に大きな本殿があります


醫王殿 藥師堂


「醫王殿」と書かれた扁額が懸かっています
「殿」は 珍しいくずし方です


印西大師 第61番札所となっています


扁額 本家のご詠歌と少し違っています 「ふぉ おんじ」の意味不明

扁額には、

  のちの代お おそるゝ人は ふぉおんじ とめて止まらぬ 白瀧の水

と書いてあるようです。

本家・四国八十八ヶ所 第61番札所である香園寺のご詠歌は 以下のとおり。

  後の世を 思へば詣れ 香園寺 止めて止まらぬ 白瀧の水


追 記 2014.08.22

扁額の御詠歌の中には、鎌ケ谷・粟野の千寿堂(東葛印旛大師)のように 見事に本歌取りしたものも見られますが、印西大師にあっては本家の御詠歌をそのまま書いたものが多いようです。

瀧水寺札所の御詠歌は、本家・四国霊場において 耳で聞いて憶えてきたものが 誤って伝わったものではないかと推察されます。
「ふぉおんじ」は「香園寺」そのものを指しているのではないでしょうか。
また、「おそるゝ人は」の部分は 「思えば詣れ」を伝え誤ったのではないでしょうか。

多くの扁額において誤った文字遣いが見られることから、御詠歌が文字として本家から伝わったとは到底考えられません。
今度、ご住職にお会いしたときにおききしたいと思っています。

この追記 おわり


追 記 2014.11.23

昨日 瀧水寺訪問をご一緒した Y・M氏から、扁額の御詠歌は、

  後の世を 恐るる人は かうおんじ とめてとまらぬ 白滝の水

ではないかと、メールをいただきました。
Y・M氏は幼いとき、お祖母様と一緒に このように御詠歌を唱えていたとのことです。
そこで、再度ネットを検索したところ「陸中八十八カ所霊場 第61番 白瀧堂」(花巻市)の御詠歌が、まさにこれと同じでした。

疑問の半分がとけました。
Y・Mさんには心から感謝申し上げます。

残る疑問は、「ふぉおんじ」の部分です。

この追記 おわり


追 記 2016.02.25

手持ちの御詠歌に関する本2冊を調べたところ、何と違う御詠歌が載っていました。

・後のよを おそるゝ人は かうおんじ とめてとまらぬ しらたきの水

(下西 忠『御詠歌でめぐる四国八十八ヵ所』(2009)  明石書店)

・後の世を 思えば詣れ 香園寺 止めて止まらぬ 白滝の水

(ブルーガイド編集部『四国八十八ヵ所ゆとりの旅』(2013)  実業之日本社)

ネットには、下の御詠歌の方が多く載っているようですが、実際のところはどちらが本当なのでしょうか。
調べてみる価値がありそうです

この追記 おわり


境内の片隅にある小さい梵鐘


南北朝時代につくられた梵鐘であると書かれています


境内にある白山神社


神社の御由緒等が書かれたものが掲げられていました



追 記 2014.07.25

瀧水寺は薬師堂と本殿の間に道路が走っており、二カ所に分断されてしまっています。

本堂の方を見てみたいと思います。

瀧水寺の境内は、この道路で分断されています


道路の右手には 薬師堂があります


道路左手の手前には、旧称「本埜村滝青年館」があります


本埜青年館の奥に 瀧水寺の本堂があります


瀧水寺本堂



追 記 2014.07.30

印西ウエットランドガイドのお仲間とともに久しぶりに瀧水寺を訪ねた後、仁王門下の谷津へと下りてみました。

坂道が谷津へと下っています


谷津の景観 右手に見えるのはイノシシ除けの電気柵


手前はポンプ小屋でしょうか


谷津田が遠くまで広がっています


 稲穂波 古刹のほとり 海ありき



➜  本埜の古刹(2) 龍腹寺(印西市・竜腹寺)


2014年6月6日金曜日

強く蔓延(はびこ)る植物

最近、たくましさを感じる植物2種が目にとまりました。

はじめに、近所で見た以下の植物(2014年6月4日撮影)。

ブロック塀沿いにずっと広がっています


最初は、ゼニゴケの隣に 黄色い花が咲いているのだと思いました


よく見ると、花はゼニゴケに見えた植物についていました

調べてみると、マンネングサ(万年草)の仲間であるようです。
小さくも たくましい植物です。
種の名前は ツルマンネングサでしょうか。
今度、詳しい人に聞いてみます。


次は、成田市・上福田の交差点近くに大群落となって咲いていたオレンジ色の花(2014年5月29日撮影)。

フェンス沿いに延々と咲いています


なかなかきれいな花です


花の下には種がついていました

調べてみると、オオキンケイギク(大金鶏菊)であるようです。
なんと この種は、在来種に悪影響を与える恐れから 2006年には特定外来生物に指定されており、栽培や販売が禁止されています。
もともとは、日本に1880年代に鑑賞目的で導入され、緑化などに利用されてきたといいます。
同じ特定外来生物である魚のカダヤシと同じような命運をたどっているようで、考えさせられてしまいました。



追 記 2014.06.12

成田市・上福田の交差点を通りかかったところ、あのオオキンケイギグの姿が見当たりません。
車を降りて さっそく近くに行ってみました。


なんだか景色が変わっています


塀でも建てるのでしょうか コンクリートの基礎が...


オオキンケイギクは見事に刈り取られていました

この場所でのオオキンケイギクとの出会いは、ただ一回だけのものとなってしまいました。
景色はあっという間に変わってしまうものであるということを いつもながらに実感しました。


追 記 2015.05.24

先日、成田市・上福田の交差点を通りかかったところ、昨年咲いていた場所の近辺に、再びオオキンケイギグの姿が見られました。
植物の生命力の強さを実感しました。

コンクリートの囲いの外に咲いていました


前には咲いてなかった場所にも進出しています