2014年7月20日日曜日

2014.07.14 大柏川第一調整池緑地のツバメ (市川市)

久し振りに 市川市の大柏川第一調整池緑地を訪ねてみたところ、ツバメが飛び交っていました。

ビジターセンターの屋根の上で羽を休めるツバメたち


カラス除けのワイヤに留まっています


巣をつくりやすいよう板を取り付けてあります


ビジターセンターで展示物を見ているときに、窓の外でツバメが戯れているのがシルエットとなって見えました。

ツバメのシルエット 1


ツバメのシルエット 2


ツバメのシルエット 3


雛に給餌するために、巣には親鳥がひっきりなしにやってきます。

巣の近くに留まっているツバメ


雛のお尻 排泄中でしょうか


雛が大きく口を開けて親に餌をねだっています


雛が親鳥の口の中に嘴を突っ込んで餌をもらっています


大きく成長した雛たち


今年二度目に孵ったと思われる幼い雛たち


2014年7月11日金曜日

かまがや散策マップ(8) 市内南北縦断コース
 〈東経140度線をたどる〉

鎌ケ谷市内には東経140度線が南北に走っていますが、その子午線をたどって北から南へと散策するコースです。

https://drive.google.com/file/d/0B0eo8wCrTacCc2JYZm13NXRvMzA/view?usp=sharing
画像をクリックすると、拡大できます


今回の散策では、新鎌ケ谷駅から東武線鎌ケ谷駅へと、一直線に南下するコースなっています。
東武線鎌ケ谷駅から新鎌ケ谷駅へと 北上していってもいいですね。

 
新鎌ケ谷駅
    ⇩  
新鎌ケ谷駅前の北口 ロータリー
   
新鎌ふれあい公園
    ⇩
新鎌ケ谷二丁目公園 (市役所の北 イオン寄りの公園)
    ⇩
きらりホール
   
鎌ケ谷中学校
   
コープ鎌ケ谷
   

➐ くすりの福太郎
   
東武線
鎌ケ谷駅



➜  かまがや散策マップ(7) 水辺の散策コース

➜  かまがや散策マップ(9) 粟野地区公園


2014年7月9日水曜日

変わりゆく風景 (4) 閉店した「仿膳」と「すしおんど」

近所で、長い間 行きつけた二つの店が閉店しました。
「仿膳」(ぼうぜん)と「すしおんど」 です。


1 仿 膳


東武線鎌ケ谷駅西口にあった「仿膳」は、2014年2月20日に閉店しました。
1階で大盛りの麺を食べたことや、2階の細長い宴会場で忘年会等を行ったことが懐かしい。
閉店の直前にみんなで食事に行ったのが最後になりました。

「仿膳」 閉店のお知らせ (2014年2月16日 撮影)


「仿膳」全景 左側は駐車場 (2014年2月16日 撮影)


「仿膳」入口   数日目の大雪の名残が見られます   (2014年2月16日 撮影)

ずっと「彷膳」だと思っていましたが、看板を見ると「仿膳」となっています。
「イ」+「方」だったのですね。

もう、この見慣れた「仿膳」はありません。
建物がなくなった後も、閉店を惜しむ多くの人々の声を耳にしました。

「仿膳」の建物は取り壊され 更地となりました (2014年7月4日 撮影)


追 記 2015.03.22

「仿膳」の駐車場があった場所が、しばらく前に駐輪場になりました。

「仿膳」があった場所は空き地のままです (2015年3月22日 撮影)


「仿膳」の駐車場があった場所は 駐輪場に (2015年3月22日 撮影)

この追記 おわり



2 すしおんど


「すしおんど」(元気寿司)は新京成線北初富駅近くにあり、「華屋与兵衛」と「ビッグエー」の間にありました。
ときおり立ち寄っては飲食したものです。
3週間ぐらい前に「閉店のお知らせ」に気づきました。

「すしおんど」 閉店のお知らせ


「すしおんど」閉店前の写真 カウンター付近


「すしおんど」閉店直後の入口付近 (2014年7月8日 撮影)

最後にいった折には、持ち帰りの寿司にメッセージカードが添えられていました。
手書きをコピーしたものですが、温もりを感じます。

「すしおんど」からのメッセージカード

隣のマーケットの方のお話では、最後の日には お客さんが並んで2時間待ちだったそうです。

看板が外されてしまった「すしおんど」 (2014年7月12日 撮影)

馴染んだ店が閉店になるというのは 実に寂しいものがあります。


追 記 2015.03.23

「すしおんど」の建物は、ラーメン「来来亭」になりました。

ラ-メン「来来亭」 2015.01.24  捕込発掘調査 現地説明会時に撮影


2014年7月4日金曜日

2014.06.28 木下・竹袋地区を歩く (印西市) その4
 印西大師

印西市を中心にして、霊場(札所)巡拝のための「印西大師」が置かれています。
全国各地にある〈ミニ四国八十八カ所〉の多くでは、それぞれに88カ所の大師堂が置かれていますが、印西大師には 1カ所多い 89カ所に札所と呼ばれる番号のついた大師堂が置かれています。
また、それだけではなく、「番外」となっているものが60カ所もあり、その数は合わせて約150カ所にも のぼります。

印西大師については、以下のサイトが実に綿密にレポートしており、大変参考になります。

 ➜  ちばらきの神社・寺院
 ➜  ちばらきの神社・寺院 印西大師八十八ヶ所一覧

 ➜  印西大師
 ➜  印西大師 印西大師地域別リスト


印西ウエットランドガイドのお仲間で 印西大師に造詣の深いSさんからのメールを読んで、印西大師の大師堂についても取り上げることにしました。

では、今回の散策で訪れた大師堂をご紹介します。

三宝院 第四十一番札所 天台宗の寺院のせいか とても粗末な小堂


神宮寺 第六十四番札所 竹袋青年館前にあります


本家 前神寺のご詠歌がそのまま書かれた扁額 稚拙な字だが 好い。


山根不動尊 第七番札所 大師像が三体安置されています


上町観音堂 第三十番札所(左) 写真中央の小堂は何なのでしょう 


第三十番札所 扁額は薄れてしまっており 読めません

 

2014年7月3日木曜日

2014.06.28 木下・竹袋地区を歩く (印西市) その3 
中央公民館に到着

旧印旛高校のあった高台を下り、木下の街へと脚を進めました。

モンシロチョウが行く先々で見られました

木下の街には、旧い建物が大切に保存されています。

旧家の土蔵が博物館になっています

吉岡家の土蔵のすぐ隣には、山根山(やまねさん)神社があります。

山根山神社の礎石 本堂は2009年5月に焼失


山根山不動尊の由来書き 左下には焼失前の本堂の写真が


この大きな倉庫には山車が入っているのでしょう 7月19日~21日が祭礼

歩きはじめて2時間ちょっと経ち、腹もへってきました。
目の前には、雰囲気のある建物が見え、「生楚者(蕎麦)」と看板が出ています。

創業150年の蕎麦屋さん 「辛丹波」を呑み、盛り蕎麦を食べました

食事の後、上町(かみちょう)観音堂に回りました。
境内の広場の周りには、大師堂や石塔など多くのものが置かれていて、なかなか にぎやかです。

上町観音堂 左の建物が観音堂


元禄13年(1700)建立の庚申塚

境内には庚申塔など多くの石造物が見られます。
上の写真の庚申塚は道標にもなっています。

  従是(これより) 右 江戸みち
  従是      東 鹿嶋みち
  従是      左 さくらみち

と書いてあります。
石碑が古くなって読みづらいのに、同行のF氏が 一目見て正確に読み取ったのには驚きました。

最後に 農林水産省の手賀排水機場に立ち寄り、中の様子を見せていただき、併設の博物館を見学しました。

大きな排水機が所狭しと並んでいます この日は動いていませんでした


木下・大森地区等が水害で水浸しになった写真が掲示されていました


隣にある中央公民館に到着 利根川の手前の水路に遊覧船が見えます


今回の行程は以上のとおりです。
次回はオマケとして途中で見た印西大師の大師堂を取り上げます。


➜  木下・竹袋地区を歩く (印西市) その4 印西大師

 

2014年7月2日水曜日

2014.06.28 木下・竹袋地区を歩く (印西市) その2 
旧印旛高校の跡地まで

竹袋青年館からの続きです。
交通量の多い道路を避けて、脇道の急な坂を降りていきました。

竹袋青年館の近くから脇道に入れます とても急な坂です


農家があるだけの落ち着いた道を行きます


路傍には湧き水があり、滾々(こんこん)と砂を吹き上げていました


湧き水のそばには太い杉の切り株がありました


人家が絶えた辺りには、路傍にひっそりとあじさいが


その先には、またもや美しい谷津田が広がっていました


ひょうたん島池の先にあった谷津田とは別の支谷に展開する谷津田です


ヒメジョオンが いまを盛りと咲いています


木下万葉公園の案内表示 ルビが振ってあり、とても大切な情報源です


木下貝層が見える露頭に到着


露頭の横の階段をのぼっていきました


ムギワラトンボ(シオカラトンボの雌)がいました


ムラサキシキブの花 その実と同様に紫色で美しい


頂上付近には、旧印旛高校の施設がいまも残されています。
昨年、小学校以来の友人であるN君に この近辺を案内してもらいました。
彼が若かりし頃に勤めた初任地の高校だったそうです。

旧印旛高校の大きな温室 多くの温室があります


旧印旛高校の校舎で残っているのは この棟と体育館だけ

千葉県立印旛高校は、2010年の4月に千葉ニュータウン地区に移転し、千葉県立印旛明誠高校となって生まれ変わりました。
詳しくは以下をご参照ください。

 ➜  千葉県立印旛明誠高校 旧・印旛高校HP


高い場所に残る旧印旛高校跡地を去り、坂を下ってさらに先に進みました。
この後は、次回に。


➜  木下・竹袋地区を歩く (印西市) その3 中央公民館に到着