2015年2月9日月曜日

印旛を歩く(9) 圓蔵寺 ・ 圓天寺 (印西市・山田)

山田宗像神社の横を走る道を 東へと進むと 圓蔵寺えんぞうじがあります。

圓蔵寺周辺の地図
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1 圓 蔵 寺


大正2年(1913)発行の『千葉県印旛郡誌』の「六合村誌」には、「第十章 寺院仏堂誌」に 以下のように書かれています(後編 P.395)。

(9) 圓 蔵 寺

山田村 字久領内にあり、曹洞宗にして 清澄山と号し、本村〔ここでは六合村のこと〕・吉高区 迎福寺末なり。
釈迦牟尼仏を本尊とす。
天文元年(1532)2月開山。 芸室・種才和尚 創立。

堂宇、間口 7間 奥行き 6間半。
庫裏、間口 8間 奥行き 5間。
惣門〔正門〕、間口 2間 奥行き 2間。
境内、452坪あり。 檀徒330人を有す。


山 門 右の石柱に「曹洞宗  圓蔵寺」と彫られています

圓蔵寺(円蔵寺)は曹洞宗です。
ネットでは、宗派を誤って記しているものがあります。 注意が必要です。

山門には てん書風の字体で「清澄山せいちょうざん」という扁額が懸かっています

この扁額にある山号については、誤った読み方が ネットで広範囲に流布してしまっているようで、困ったものです。
『千葉県印旛郡誌』にあるように「清澄山」が正しく、扁額の字体は 白川静の『常用字解』(平凡社)によると「篆文」に近いことが分かります。

これらの誤りは、福島県河沼郡柳津町にある同名の寺院と混同されたことから生じているようです。
寺院名が同じであっても、山号まで同じであるわけがありません。


印旛大師 第七十三番札所の大師堂


本家・出釈迦寺の御詠歌が書かれた扁額が 堂内に置かれていました

扁額は、大師堂に懸かっていたものが落ちてしまったため、堂内に移されたのでしょう。
釈迦牟尼仏を本尊とする圓蔵寺らしい御詠歌です。
本家、四国八十八カ所 第七十三番札所である 出釈迦寺しゅっしゃかじの御詠歌を 引き写しています。
  迷いぬる 六道衆生 すくわんと たっとき山に 出づる釈迦寺


圓蔵寺には、印西市で2番目に古い十九夜塔(1666)があるようです。
以下をご参照ください。
 ➜  蕨  由美 印西市内の民間信仰の石造物&北総の子安さま


圓蔵寺には、観音堂という立派な建物が少し離れたところに建っており、その近くには新しい墓地(印旛聖地霊園)ができています。

圓蔵寺の観音堂 (開運院)


「開運院」という扁額が懸かっています


道をさらに北に向かうと、宮後みやうしろ地区構造改善センターが見えてきます。


2 宮後地区構造改善センター


こぢんまりとした建物です


玄関に表札が懸かっています


宮後地区構造改善センターの近くには 圓天寺えんてんじという落ち着いた雰囲気の寺院があります。


3 圓 天 寺


大正2年(1913)発行の『千葉県印旛郡誌』の「六合村誌」には、「第十章 寺院仏堂誌」に 以下のように書かれています(後編 P.395)。

(8) 圓 天 寺

山田村 字門前台にあり、浄土宗鎮西派にして 龍雲山と号し、西京・知恩院末なり。
元亀3年(1572)5月開山。九五(上人)・存把和尚 創立なり。 存把は甲州武田氏の一族にして、信重の曾孫なりという。

堂宇、間口 7間  奥行き 7間。
境内、1023坪あり。 檀徒233人を有す。


『千葉県印旛郡誌』には、宗派が浄土宗であると書かれていますが、境内には3つの大師堂や 関連する石碑や大師像が見られるので、真言宗だった時期があるのではないかと思われました。


山 門 右側に「龍雲山  圓天寺」とあります


青い文字で書かれた「龍雲山」という扁額


山門から見た境内


本 堂


「寒風院」と書かれた扁額が懸かっています


本堂の右手にある大師堂と鐘楼


印西大師 第四十九番札所の大師堂(左) 右側のお堂は不明です
2基の石碑には、どちらにも「南無大師遍照金剛」と彫られています


戦時供出されたのか、鐘楼には 鐘が下がっていません


本堂の左手前には 様々な石碑等が建っています


何の建物なのでしょうか


大師像でしょうか


「普門品拾萬巻供養塔」など、3つの普門品供養塔


「遍照」という扁額が懸かった お堂 右手には石碑


石碑には「南無大師遍照金剛 万人講中」とあります


➜  印旛を歩く(8) 八坂神社・庚申堂 (印西市・山田)

➜  印旛を歩く(10) 双子公園 (印西市・山田)

2015年2月8日日曜日

北総の宗像神社(4) <印西市・山田>

印西市(大字)山田94番地に 山田地区の宗像神社はあります。

山田の宗像神社は 道路沿いにあります


大正2年(1913)発行の『千葉県印旛郡誌』の「六合村誌」には、村社 宗像神社の一つとして以下のように書かれています(後編 P.388)。

(7) 村社 宗像神社

山田村 字宮前みやまえにあり、湍津姫命たぎつひめのみこと田心姫命たご(ぎ)りひめのみこと市杵嶋姫命いちきしまひめのみことを祭る。
古老の口碑に、延長えんちょう2年(924)5月、筑前の国 宗像郡神湊こうのみなと宗像神社勧請かんじょうつかまつり候。

社殿(本殿)、間口 6尺2寸  奥行き 5尺8寸3分。
拝殿、間口 4間  奥行き(欠字)
境内、338坪あり。 氏子134戸を有す。

境内4社あり。 即ち、
 ・金刀比羅神社 大物主命おおものぬしのみことを祭る。 由緒不詳。 建物 4尺四方。
 ・三峯神社   伊弉諾命いざなぎのみこと伊弉冉命いざなみのみことを祭る。由緒不詳。建物 3尺四方。
 ・星之宮    天御中主命あめのみなかぬしのみことを祭る。 由緒不詳。 建物 3尺四方。
 ・疱瘡神社   稲脊脛命いなせはぎのみことを祭る。 由緒不詳。 建物 3尺四方。


宗像神社の鳥居


拝殿への参道


拝 殿


拝殿にある彫刻


本 殿


境内にある 大杉神社(右) と 子安大明神(左)  


境内には 多くの小祠が建っています


この蔵のような建物は 何なのでしょう


本殿改造記念碑 後ろは、香取神宮(左) と 三峯神社(右)


境内にある神社等の修復一覧


先の大地震で落ちてしまった鳥居 神社の名前不明


稲荷神社の鳥居周辺


稲荷神社



稲荷神社の小祠 キリーク(阿弥陀如来)が見えます


畑を神社に寄進したことを記した記念碑


田を神社に寄進したことを記した記念碑


➜  北総の宗像神社(3) <印西市・瀬戸>

➜  北総の宗像神社(5) <印西市・岩戸いわと


2015年2月3日火曜日

印旛を歩く(8) 八坂神社・庚申堂 (印西市・山田)

印旛捷水路の下流(南側)から見た山田橋

印西市の山田地区は、印旛捷水路に架かる県道65号線の山田橋を 南東方面に渡ったところにあります。

山田地区の西部
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山田橋から南東に約200m進むと、すぐに三差路があります。
三差路を左折し、さらに約600m進むと交差点があり、その右手の一角に八坂神社があります。

十字路にさしかかると 八坂神社の赤い旗が見えます


木立のもとには 八坂神社があります


八坂神社は祠です


十字路の近くにある「成田射撃場」という案内の矢印の方向に進みます


すぐに庚申堂が右手に見えてきます


なかなか立派な庚申堂です


見事な彫りの青面金剛像


周囲には「普門品ふもんぼん一万供養塔」(1815)などが並んでいます


さらに進むと左手に建物が見えてきます


仲井構造改善センターです


隣には、印西市消防団第1分団 器具庫の建物があります


さらに先には 山田宗像神社があります

山田の宗像神社については、次回の「北総の宗像神社」で取り上げます。


➜  印旛を歩く(7) 水神社すいじんしゃ (印西市・瀬戸)

➜  印旛を歩く(9) 圓蔵寺 ・ 圓天寺 (印西市・山田)