2017年10月21日土曜日

2017.11.04 佐津間地区 & 粟野地区公園 散策会

印西ウエットランドガイドの里山散策会で、佐津間地区と粟野地区公園を散策しました。

大津川沿い も歩きましました。


「広報かまがや」 2017.10.15 号 掲載


散策会のポスター


追 記 2017.11.04

当日の様子を撮った写真です。

宝泉院 渋谷総司顕彰碑の前で


渋谷総司資料室 (佐津間自治会館内)


「佐津間城跡」説明板の前で


山ノ下湧水地をゆく一行


山ノ下湧水地 手賀沼水系一番の湧水量です


大津川緑道(木道) 準用河川大津川沿いを 上流方向に進んでいます


粟野地区公園 第二期整備予定区域(水辺の広場)


粟野地区公園 樹林地(粟野の森)の散策路


2017年10月19日木曜日

2017.10.18 「大津川緑道」とその先を歩く

北部公民館横から「大津川緑道」に入り、大津川沿いを上流に向かって歩き、北部小学校の近くまで歩きました。

北部公民館 駐車場があります


北部公民館の前の道路を 白幡橋に向かって進みます


大津川に架かる白幡橋


北部公民館と白幡橋の間に 「大津川緑道」への入口があります


大津川沿いに南に向かって進みます


「大津川緑道」が見えてきます 木道です

大津川沿いには、様々な植物が見られます。
以下は、9月中旬に見た花々です。

➜  2017.09.16 身近な植物 (9月中旬 ➁) 大津川沿いの花々


北部公民館を振り返って見たところ

「大津川緑道」を敷設しているときの写真をネットで見つけました。
貴重な記録です。

➜  C & T  石井珈琲 「大津川緑道」敷設時の写真

このサイトによると、「大津川緑道」は 2002年5月3日に開通したとのことです。


川沿いに進みます 木道の突端には 広いスペースがあります


木道を出て、さらに南に進みます


大津川にかかる小さな橋が見えてきます


「母路橋」です


橋を渡って、さらに川沿いの道を進みます


「母路橋」の方を振り返って見たところ サトイモの葉が茂っています


なにやら看板が立っています


「かば田んぼ」とあり、昔の写真が貼られています


田んぼがあり、刈り入れが済んだあとで 二番穂が出ていました


さらに進むと、石の階段があります


追 記 道幅が広くなり、左手には手すりがつきました (2018.10.02 撮影)


「大津川ふれあいビオトープ」がありました


〈乙女の花園〉と書かれた看板


道沿いに様々な花が咲いていました


さらに進むと 道路が見えてきました


道路に出られるようになっています


「大津川ふれあいビオトープ」の看板


道路への出口付近


北部小学校へと続くスロープが見えました

ここから、北部公民館へと 元の道をとおって引き返しました。



付 記 2017.10.19

大津川でイベントが催されるそうです。
詳しくは、以下のチラシをご覧ください。

イベントのチラシ


2017年10月14日土曜日

印旛を歩く(37) 慈眼寺 じ げん じ (印西市・吉田)

旧 印旛村(現 印西市) 吉田にある慈眼寺。
曹洞宗の寺院です。
所在地は 印西市(大字)吉田1707番地です。

吉田・萬福寺のすぐ近くにあります。

「慈眼寺」という名の寺院は、習志野市、千葉市、香取市などにもあります。
明示する必要があるときには「吉田・慈眼寺」とします。

慈眼寺の境内 手前に見えるのは防火水槽

大正2年(1913)発行『千葉県印旛郡誌』の「宗像村誌」のうち、「寺院仏堂誌」には 以下のように書かれています(後編 P.416)。

(10) 慈眼寺
 
吉田村 字馬場台にあり、曹洞宗にして、東勝寺(成田市の「東寺」は真言宗豊山派。 同じ曹洞宗である印西市・鎌苅の「」の誤りか)末なり。
釈迦如来を本尊とす。
宗祖道元禅師19世の法孫開山・宰春和尚、元久5年(?? 元久は、1204年から1206年の3年間)11月、本堂庫裏1宇建立。

間口 5間3尺、奥行き 5間の堂宇。
明治19年4月22日、再建の許可を得たり。
境内 293坪あり。

住職は 澁谷亮道にして、境内仏堂2宇あり。
即ち、
 1.観 音 堂 馬頭観世音を本尊とす。由緒不詳。
        建物 間口 2間、奥行き 2間。
 2.大 師 堂 弘法大師を本尊とす。由緒不詳。
        建物 間口 4尺、奥行き 4尺。

(『寺院明細帳』より)

印西大師 第34番札所の大師堂

境内には、大師堂があるのと、その右手奥に卵塔(僧侶の墓塔)などの墓石があるほか、寺らしいものはなく、まるで廃寺のようです。

集会所のような建物がありました。
慈眼寺を管理している印西市・岩戸の高岩寺(同じ曹洞宗)におききしたら、本堂に当たるのだそうです。
『千葉県印旛郡誌』には、境内に観音堂があると書かれていますので、この場所にあったのかもしれません。

集会所のような本堂 1


集会所のような本堂 2


境内に沿った道路からは 萬福寺の山門が見えます


2017年10月13日金曜日

印旛を歩く(36) 萬福寺まんぷく じ (印西市・吉田)

旧 印旛村(現 印西市) 吉田にある萬福寺。
真言宗豊山派の寺院です。
所在地は 印西市(大字)吉田821番地です。

萬福寺の位置
 国土地理院 電子国土Webシステム配信の地図を利用


「萬福寺」という名の寺は、ここだけではなく、鎌ケ谷市、柏市、松戸市などにもあります。
明示する必要がある場合には「吉田・萬福寺」とします。


道路沿いに様々な石塔が並んでいます


山門と石塔 1


山門と石塔 2


山門には「真言宗 豊山派  萬福寺」とあります


本 堂 現代的な建物です

大正2年(1913)発行『千葉県印旛郡誌』の「宗像村誌」のうち、「寺院仏堂誌」には 以下のように書かれています(後編 Pp.416~417)。

(11) 萬福寺

吉田村 字南作にあり、真言宗新義派(現 豊山派)にして、千手院末なり。
阿弥陀如来を本尊とす。
宗祖興教大師法孫開基不詳と雖も、元禄11年(1698)9月、中興開山・舜水法印の代に至りて再建す。

堂宇 間口 8間、奥行き 5間半。
境内 168坪あり。

住職は 中臺白真にして、境内仏堂2宇あり。
即ち、
 1.不 動 堂 不動明王を本尊とす。由緒不詳。
 2.大 師 堂 弘法大師を本尊とす。由緒不詳。
        建物 間口 4尺、奥行き 4尺。

(『寺院明細帳』より)

大師堂が見えました


印西大師 第72番の札所です
大師像が4体 安置されていました


左 不動堂、その奥は本堂 右 大師堂(背面)


不動堂


不動堂の背後は 急な崖になっています