2019年4月19日金曜日

私の好きな作曲家(26) シューベルト

 


私の母は、シューベルト(Franz Schubert:1797〜1828)の『未完成』交響曲が 大好きだった。
でも、どうして好きになったのか、その理由は ききそびれてしまった。

私がクラシック音楽を聞くようになったのは、そんな母がいたからだろう。


月に母みる 我がいる


日々 私を楽しませてくれている多くの作曲家たちについて、ここまで好きなことを書き連ねてきたが、一旦ここで終えることにする。


私の好きな作曲家(25) シューマン


ロベルト・シューマン(Robert Schumann:1810〜1856)の音楽は、他の誰の音楽とも違っている。

『子供の情景』(Kinderszenen:1838)や『幻想小曲集』(Fantasiestücke:1849)、『おとぎ話』(Märchenerzählungen:1853)等の作品に特徴的に聞かれる不思議な音の移ろい。

 

誰とも似ていない不思議な音の世界。

分からない。
何なのだろう?

音楽を聴きながら異界に誘(いざな)われていく。
どうも、音楽だけからなる世界ではなさそうなところへと…

分からない。
何なのだろう?

シューマンを聴きながら、しばし考え続けることにしよう。


2019年4月18日木曜日

私の好きな作曲家(24) ハイドン


〈パパ〉・ハイドン(Franz Joseph Haydn:1732〜1809)は、作曲家としても立派だったが、それ以上に 偉大な人格者であった。

ハイドンはモーツァルトの作品に深い感銘を受け、モーツァルトのもっとも得意とするジャンルであるオペラや協奏曲の作曲をほとんどやめてしまったという。

モーツァルトは、ハイドンの『ロシア四重奏曲』(全6曲)に大きな刺激を受け、『ハイドン・セット』(全6曲)といわれる一連の弦楽四重奏曲の名曲を作曲し、愛するハイドンに献呈した。

ハイドンのことを悪く言う人などいない。
そんなことを言う人がいたら、私は その人の近くには いたくない。

その作品は大らかで、構えが大きい。

心を晴れやかにする弦楽四重奏曲の数々。
多様で美しいピアノ・ソナタ
また、交響曲もご存知のとおり。

その音楽は、それぞれ異なった響きをもつ。
演奏される場を明確に意識したうえでの作曲であったことがよく分かる。


心が平安であるときにこそ、聞きたい音楽もある。
それにぴったりなのがハイドンの音楽ではないのか?

心が いつも平安でありますようにと願う。

私の好きな作曲家(23) メシアン


メシアン(Olivier Messiaen:1908〜1992)は第2次大戦後のフランスを代表する大作曲家であった。
鳥の鳴き声の採譜でも世界的によく知られている。

メシアンの作品を特徴づけるものは、色彩的な響きに満ちた圧倒的な生命力である。
『トゥーランガリラ交響曲』(1948)のオンド・マルトノの音色は、一度聞くと忘れられない。
全曲の中ほどに位置する第5曲「星の血の喜び」では、それが顕著に聞かれる。

このオンド・マルトノが、多くの作曲家により その作品で扱われているのはご存知のとおり。
オネゲルは『火刑台上のジャンヌ・ダルク』(1935 作曲)の冒頭で 夜に吠えるイヌの声として効果的に用い、さらには重要な最期の場面でも劇的効果を上げている。

楽器自体としては、メシアンの作品の方が印象に残るように思う。
メシアンの後妻となったイヴォンヌ・ロリオ=メシアンは ピアニスト。
その妹 ジャンヌ・ロリオは オンド・マルトノ奏者だった。
ともに、メシアンの作品に名演を残している。

メシアンは、その晩年に大作『彼方の閃光』(1992)を書き上げた。
その第6曲「7人の天使、7本のトランペット」において 金管楽器と打楽器とが反復されるが、その中で聞かれる ムチとティンパニの対比は、単純であるがゆえに 非常に効果的であり、深く耳に残る。


私は、この曲も NHK の FM放送を聞いて知った。
サイモン・ラトル指揮のベルリン・フィルによる演奏だった。

近年は、元の CD を探し当てて すぐに入手できる。
調べて入手してみると、EMI の録音であった。
なんと、EMI らしからぬ優秀な録音である。
EMI の「優秀録音」というのは珍しい。
私の愛聴盤になった。



最近になって「フランス EMI」のロゴが、昔懐かしき〈エラート〉のものに変えられた。
EMI に吸収される前の〈エラート〉独自の〈名録音〉も多いので、実に紛らわしくて迷惑な話だ。
こんなことにまで  ディスコグラフィーの知識が必要になったかと思うと情けない。

EMI の録音スタッフも以前とは変わったのだろうか。


2019年4月17日水曜日

私の好きな作曲家(22) バーンスタイン


レナード・バーンスタイン(Leonard  Bernstein:1918〜1990)は、私にとっては、好きな〈作曲家〉の一人というよりも、もっとも愛する〈指揮者〉であるといった方がよい。

彼は、〈作曲家〉たらんとして努力したが、〈『ウエスト・サイド物語』(1957)の作曲者〉以上には なれなかった。
〈現代のマーラー〉となる前に、〈指揮者〉として他人の作品を手がけすぎたのだ。

『チチェスター詩篇』のような美しい作品もあるが、多くの作品はつまらない。

しかし、もう十分である。
すでに、オーケストラのための演奏会用組曲「『ウエスト・サイド物語』からのシンフォニック・ダンス」(Symphonic Dance from "West Side Story":1961)は、演奏会の定番となっている。
私の「お気に入り」の一曲でもある。
100年後になっても、世界中のあちこちで演奏されているに違いない。

もう十分に立派なことではないか。



私の好きな作曲家(21) ブリテン


ブリテン(Benjamin Britten:1913〜1976)は  イギリスを代表する作曲家であった。
亡くなって すでに40年近く経つ。

私がクラシック音楽を聴き始めた〈青少年時代〉には、ブリテンの『青少年のための管弦楽入門』(1946 作曲)を毎日のように聞いた。
作曲者自身がロンドン交響楽団を指揮した この一曲を 17cm LP 盤の両面に跨ってカッティングしたレコードで聴いた。


〈ロンドン〉レーベルで出ていたものの一つであり、そのプレス用メタル原盤は 17cm LP 盤用とはいえ、イギリスで製作されたものを使っていたはずだ。

この曲が出来てまだ20年ほどしか経っていない頃には、この録音がすでに出回っていたことになる。
それから50年以上が経っている。
時の経つのは速いものだ。

私は、この曲によりオーケストラで使われる楽器の音色を学んだ。
この作品は学習用として優れているだけではなく、変奏曲やフーガとしても立派な構えをもっている。
副題は『ヘンリー・パーセルの主題による変奏曲とフーガ』である。
優れた作品であり、何度 繰り返し聞いても飽きることがない。

かなり後になってから、ヘンリー・パーセル(Henry Purcell:1659〜1695)の原曲・「劇付随音楽『アブデラザール』(英語の綴りは、"Abdelazer" または "Abdelazar")からのロンドー」(1695)を聞いた。
地味で端正な演奏が持ち味といわれたレイモンド・レッパード指揮のイギリス室内管弦楽団によるものだった。
当然のことながら、原曲のメロディーは、『管弦楽入門』の主題のメロディーと同じだった。
古い落し物に偶然巡り会ったような気がした。


ブリテンの作品では、オペラ『ピーター・グライムズ』(Peter Grimes:1945 作品33)から4曲の間奏曲を集めた組曲『4つの海の間奏曲』(Four Sea Interludes:1945 作品33a)が好きだ。
これらは爽やかな4曲であり、聞くだけで胸の痞(つか)えが下りる。

4曲には それぞれ標題が付いている。
・第1曲 「夜明け」     (Dawn)
・第2曲 「日曜の朝」 (Sunday Morning)
・第3曲 「月光」        (Moonlight)
・第4曲 「嵐」            (Storm)

バーンスタインがボストン交響楽団を振った「最後の演奏会」(1990年8月19日)のときの演奏が素晴らしい。

この演奏会の2カ月後には肺癌で亡くなった。

この最後の演奏会の記録は、私たちが等しく共有する宝である。


2019年4月16日火曜日

私の好きな作曲家(20) ドリーブ


ドリーブ(Léo Delibes:1836〜1891)は優雅で繊細な曲を書いた。
そうした点、ブラームスの心友 ヨハン・シュトラウス2世(1825〜1899)と とてもよく似ている。

ドリーブの作品で もっとも有名なのは、機械人形を中心に据えたバレエ音楽『コッペリア』(1870)である。


第1幕冒頭の生き生きとした「前奏曲とマズルカ」がよく知られるが、それに続く「スワニルダのワルツ」の優美なこと、この上ない美しさだ。
コッペリアは自動人形の名前、スワニルダは生身の女性の名前である。
これまで書かれてきた音楽の中で、いちばん上質なものが ここにある。

最近は YouTube でも『コッペリア』のバレエ全曲が見ることができるようになった。
映像で見ると、音楽と振付の関係が分かって面白い。
上の YouTube の映像は、ボリショイ劇場における公演である。
なかでも、1時間10分35秒過ぎからの「時のワルツ」が、とても優美で見応えがある。

なお、冒頭の「スワニルダのワルツ」は、「Grand Prix Kiev 国際バレエ フェスティバル」のものが とても優美である。

こうした音楽がどこでも見聞きできるようになったことを、この時代を生きる我々は喜ぶべきであろう。