2014年7月4日金曜日

2014.06.28 木下・竹袋地区を歩く (印西市) その4
 印西大師

印西市を中心にして、霊場(札所)巡拝のための「印西大師」が置かれています。
全国各地にある〈ミニ四国八十八カ所〉の多くでは、それぞれに88カ所の大師堂が置かれていますが、印西大師には 1カ所多い 89カ所に札所と呼ばれる番号のついた大師堂が置かれています。
また、それだけではなく、「番外」となっているものが60カ所もあり、その数は合わせて約150カ所にも のぼります。

印西大師については、以下のサイトが実に綿密にレポートしており、大変参考になります。

 ➜  ちばらきの神社・寺院
 ➜  ちばらきの神社・寺院 印西大師八十八ヶ所一覧

 ➜  印西大師
 ➜  印西大師 印西大師地域別リスト


印西ウエットランドガイドのお仲間で 印西大師に造詣の深いSさんからのメールを読んで、印西大師の大師堂についても取り上げることにしました。

では、今回の散策で訪れた大師堂をご紹介します。

三宝院 第四十一番札所 天台宗の寺院のせいか とても粗末な小堂


神宮寺 第六十四番札所 竹袋青年館前にあります


本家 前神寺のご詠歌がそのまま書かれた扁額 稚拙な字だが 好い。


山根不動尊 第七番札所 大師像が三体安置されています


上町観音堂 第三十番札所(左) 写真中央の小堂は何なのでしょう 


第三十番札所 扁額は薄れてしまっており 読めません

 

2014年7月3日木曜日

2014.06.28 木下・竹袋地区を歩く (印西市) その3 
中央公民館に到着

旧印旛高校のあった高台を下り、木下の街へと脚を進めました。

モンシロチョウが行く先々で見られました

木下の街には、旧い建物が大切に保存されています。

旧家の土蔵が博物館になっています

吉岡家の土蔵のすぐ隣には、山根山(やまねさん)神社があります。

山根山神社の礎石 本堂は2009年5月に焼失


山根山不動尊の由来書き 左下には焼失前の本堂の写真が


この大きな倉庫には山車が入っているのでしょう 7月19日~21日が祭礼

歩きはじめて2時間ちょっと経ち、腹もへってきました。
目の前には、雰囲気のある建物が見え、「生楚者(蕎麦)」と看板が出ています。

創業150年の蕎麦屋さん 「辛丹波」を呑み、盛り蕎麦を食べました

食事の後、上町(かみちょう)観音堂に回りました。
境内の広場の周りには、大師堂や石塔など多くのものが置かれていて、なかなか にぎやかです。

上町観音堂 左の建物が観音堂


元禄13年(1700)建立の庚申塚

境内には庚申塔など多くの石造物が見られます。
上の写真の庚申塚は道標にもなっています。

  従是(これより) 右 江戸みち
  従是      東 鹿嶋みち
  従是      左 さくらみち

と書いてあります。
石碑が古くなって読みづらいのに、同行のF氏が 一目見て正確に読み取ったのには驚きました。

最後に 農林水産省の手賀排水機場に立ち寄り、中の様子を見せていただき、併設の博物館を見学しました。

大きな排水機が所狭しと並んでいます この日は動いていませんでした


木下・大森地区等が水害で水浸しになった写真が掲示されていました


隣にある中央公民館に到着 利根川の手前の水路に遊覧船が見えます


今回の行程は以上のとおりです。
次回はオマケとして途中で見た印西大師の大師堂を取り上げます。


➜  木下・竹袋地区を歩く (印西市) その4 印西大師

 

2014年7月2日水曜日

2014.06.28 木下・竹袋地区を歩く (印西市) その2 
旧印旛高校の跡地まで

竹袋青年館からの続きです。
交通量の多い道路を避けて、脇道の急な坂を降りていきました。

竹袋青年館の近くから脇道に入れます とても急な坂です


農家があるだけの落ち着いた道を行きます


路傍には湧き水があり、滾々(こんこん)と砂を吹き上げていました


湧き水のそばには太い杉の切り株がありました


人家が絶えた辺りには、路傍にひっそりとあじさいが


その先には、またもや美しい谷津田が広がっていました


ひょうたん島池の先にあった谷津田とは別の支谷に展開する谷津田です


ヒメジョオンが いまを盛りと咲いています


木下万葉公園の案内表示 ルビが振ってあり、とても大切な情報源です


木下貝層が見える露頭に到着


露頭の横の階段をのぼっていきました


ムギワラトンボ(シオカラトンボの雌)がいました


ムラサキシキブの花 その実と同様に紫色で美しい


頂上付近には、旧印旛高校の施設がいまも残されています。
昨年、小学校以来の友人であるN君に この近辺を案内してもらいました。
彼が若かりし頃に勤めた初任地の高校だったそうです。

旧印旛高校の大きな温室 多くの温室があります


旧印旛高校の校舎で残っているのは この棟と体育館だけ

千葉県立印旛高校は、2010年の4月に千葉ニュータウン地区に移転し、千葉県立印旛明誠高校となって生まれ変わりました。
詳しくは以下をご参照ください。

 ➜  千葉県立印旛明誠高校 旧・印旛高校HP


高い場所に残る旧印旛高校跡地を去り、坂を下ってさらに先に進みました。
この後は、次回に。


➜  木下・竹袋地区を歩く (印西市) その3 中央公民館に到着

 

2014年7月1日火曜日

2014.06.28 木下・竹袋地区を歩く (印西市) その1 
竹袋青年館まで

印西ウエットランドガイドのお仲間と3人で、印西市の木下(きおろし)から竹袋(たけふくろ)にかけて歩きました。
天気予報では雨になるとのことで、当日予定されていた この地区の里山調査自体は中止されたのですが、なんとか降られずに3人で約6kmの行程を回ることができました。

下図は アイ・オー・データ社のGPSロガー「旅レコ」で実際に記録したコースを航空地図に書き込んだものです。

コース図 (木下駅 ➜ 中央公民館) クリックで拡大できます

立ち寄った場所等を白い文字で書き込んであります。


木下駅を出発し、まず最初に「ひょうたん島池」に行きました。
航空写真をよく見ると、池の中にはひょうたんの形をした島が見えます。
この池は人工的に整備された池で「竹袋調整池」(たけふくろ ちょうせいいけ)というのが正式名称であるようです。
「調整池」の読み方は、印西市においては「ちょうせいいけ」に統一されているようです。わかりやすいので、私はこの読み方に賛成です。

ハスの花が美しく咲いていました。
お仲間のY氏に「スイレンではないよ」と教わりました。

「ひょうたん島池」のハス(蓮)の立ち葉と花


同じくハスの浮き葉と花 スイレン(睡蓮)ではありません


追 記 2015.05.14  睡蓮の葉と花 葉には切れ込みがあります


追 記 2014.08.14  ハスの実 (印旛沼にて)


追 記 2014.10.17 ハスの実 (ひょうたん島池にて 2014.08.20 撮影)


「ひょうたん島池」の南には 「天神山」という神社があります。
急な階段をのぼった小高いところに小社が祀られています。

途中に踊り場はありますが とても急な階段です


頂上には小社があり、横の手水鉢の近くには「天神山」と書いてあります

「天神山」の先を行くと景色が一変し、美しい谷津田が広がっています。
以前、冬場に来たときには 一面茶色い景色が広がっていて、なんてつまらない場所なんだろうと思いましたが、今回は目を見張りました。

青々とした稲が美しい田圃

谷津田を右手に望みながら進むと「山崎池」に行き当たりました。
何だか薄暗い池です。

「山崎池」は人の手が入っていない 昔ながらの池のようです

「山崎池」のすぐ近くには鳥居があって、そこから「ふれあいの小径」がはじまっており、竹袋稲荷神社へとつながっています。

鳥居をくぐり階段を上がると「ふれあいの小径」の碑があります

林の中の「ふれあいの小径」をたどっていくと、竹袋稲荷神社に至ります。

左上に小さく写っている「鋳銅鰐口」は印西市の指定文化財

 
表参道をとおって、いったん道路に出ます

道路の反対側には、天台宗の古刹 「三宝院」(さんぼういん)があります。
由来等については、以下の説明板が参考になります。

説明を追加

この説明書きには、三宝院は竹袋稲荷神社の別当寺であると記載されています。

「三宝院」の本殿


山門へと至る道は苔むして美しい

また道路へと出て、竹袋稲荷神社の裏参道の右手にある「竹袋青年館」に寄りました。
この建物は普段閉まっていますが、近くに簡易トイレが設置されています。

竹袋青年館 印西市には「青年館」という名前の建物が多く残っています


高さ3mにもなる大きなサンショウ(山椒)の木あり ピリピリと辛い実


「加蘇山」と書かれた石碑 何でしょうか?

「加蘇山」について調べてみたところ、鹿沼市にある「加蘇山(かそやま)神社」を指しているようです。
鎌ケ谷市の根頭神社には、同じ鹿沼市にある古峯(ふるみね)神社が祀られています。
根頭神社と同じように、竹袋稲荷神社にも加蘇山神社を詣でる代参講があったのかもしれません。
代参講については、以下のリンク先の「古峯神社についての説明書き」をご覧ください。

 ➜  鎌ケ谷の神社(2) 根頭神社(その1)


記事が長くなりましたので、続きは次回に。


➜  木下・竹袋地区を歩く (印西市) その2 旧印旛高校の跡地まで