2015年2月19日木曜日

印旛を歩く(12) 西定寺さいじょうじ (印西市・山田)

西定寺は、双子公園のすぐ近くにあります。
所在地は 印西市山田2635番地です。

西定寺 と その周辺
国土地理院 電子国土Webシステム配信の地図を利用


「西定寺」の読み方については、天台宗の公式ホームページで調べました。
以下のリンク先で、印西市の旧本埜村と旧印旛村にある天台宗の全寺院がわかります。

 ➜  天台宗公式ホームページ 本埜地域と印旛地域にある天台宗の寺院

これを見てわかるように、旧印旛村地域にある天台宗の寺院は 以下の3寺です.

 ・西定寺さいじょうじ (印西市・山田)
 ・願定院がんじょういん   (印西市・瀬戸)  西定寺の管理下にあります
 ・真珠院しんじゅいん (印西市・造谷)

願定院と真珠院については、本シリーズ「印旛を歩く」において、すでに取り上げました。


西定寺 山門 右に「天台宗」、左に「西定寺」とあります


大正2年(1913)発行の『千葉県印旛郡誌』の「六合村誌」には、「第十章 寺院仏堂誌」に 以下のように書かれています(後編 P.394)。

(7) 西 定 寺

山田村 字岩井戸にあり、天台宗比叡派にして 花光山と号し、印旛郡 旧小倉村 泉倉寺末なり。
宝冠弥陀如来を本尊とす。
大同13年(?  800年代の年号である「大同」は 5年までしかない)、貞観始めて草庵を結う。

堂宇、間口 6間 奥行き 4間。
境内、555坪あり。
檀徒158人を有す。


本堂の前には聖観音像が建ち並んでいます


本 堂 近 景


西定寺の山号「華光山」と書かれた扁額 「泉倉寺」の名が見えます


天満天神(左) と 水神(右)の 小祠


「南無大慈大悲観世音菩薩」の石碑


境内の端の方まで 聖観音菩薩像が何体も並んでいます


印西大師 第六十二番札所の大師堂


御詠歌の書かれた扁額 薄れていて 部分的にしか読めません

扁額は、四国八十八カ所の第62番札所である 天養山 宝寿寺の御詠歌であるようです。
  さみだれの あとにいでたる たま
  白坪しらつぼなるや いちみやかは

  五月雨が降り、地にしみ込んだ雨粒は、その後に湧き水となって出で
  白坪の里に建てられた 一の宮を流れる


本堂の右手前に見事な藤棚がありました 見てみたいフジの花


山門の手前に蓮池があり、朽ちた木道がありました 夏には花が咲く?



追 記 2015.04.23

4月の下旬に再び訪れました。

藤棚には フジの花が満開でした。

まわりにフジの花の よい匂いが漂っていました


園芸品種と思われる 白いヤマフジの花も見事でした


蓮池の方はどうかと見てみると、ハスがしっかりと育っているようでした。
夏が楽しみです。

蓮池のハス


➜  印旛を歩く(11) 願定院がんじょういん (印西市・瀬戸)

➜  印旛を歩く(13) 西福寺さいふくじ (印西市・岩戸いわと


2015年2月12日木曜日

印旛を歩く(11) 願定院がんじょういん (印西市・瀬戸)

願定院は、印旛郵便局のすぐ近くにあります。
所在地は 印西市瀬戸270番地です。

ちばグリーンバス 「印旛郵便局」バス停


願定院の建物配置
国土地理院 電子国土Webシステム配信の地図を利用


山門と、その後ろに見える本堂


山門右の石柱に 「天台宗 無量寿山 願定院 本願寺」 とあります


「願定院の縁起」 とても詳しく書かれていて、参考になります

「願定院の縁起」には 大変重要な情報と、考えさせられることが書かれていますので、以下に書き写します。

    * 願定院の縁起


 願定院(正式には 無量寿山 願定院 本願寺)は天台宗に属し、印西市泉倉寺の末寺です。 この宗派は、伝教大師(最澄)を開祖とする比叡山延暦寺を本山としています。

イ、 本尊は阿弥陀如来坐像(木造、年代不詳)で、開山 貞観大和尚から数えて15世になると、明治31年8月21日、当時の住職 山口永信師が記録している。

ロ、 現本堂および山門は 享保14年(1729)3月、住職 宏禅の代に再建されたと伝えられ、以前の客殿も明和5年(1768)3月、宏覚、豪寛両住職により建立されたものであったが、老朽したため取り壊され、昭和52年に現在の庫裏が新しく建てられた。
  ※ 宏 : 原文では「ウ冠に尤」 (上の写真をご覧ください)
 
梵鐘は 太平洋戦争で供出させられ、鐘堂だけがのこっている。

ハ、 明治維新の際、神明山宝蔵寺(郷)と東蹄山光明寺(新立)が廃寺となり、願定院に合併された。

 観音堂左側にお堂がありますが、光明寺から移された毘沙門天(木造立像、年代不詳)が安置されております。
 また 里伝によれば、神明山に葬った白馬がまぼろしとなって現れ、房田を越え井戸向(現在地)に消えることがたびたびあったので、村人が観音堂を建て、馬頭観世音を安置して馬の霊を鎮めたとされ、本尊 馬頭観世音菩薩像は桐の一木造りの立像で 高さ1m、行基の作と伝えられています。

檀 家 総 代

 同じ天台宗の西定寺(印西市山田)の所管になっているようです


山門の右手に ふたつの大師堂があります。

印西大師 第二十四番札所の大師堂


大師堂 講の「番外の大師堂」でもないようです


願定院の境内 けっこう広々としています (観音堂の右後ろから撮影)


本 堂 その左側は庫裏


「願定院の縁起」に書いてあるように、観音堂は合併された神明山宝蔵寺と大変縁が深いようです。

馬頭観音堂 堂前には回向柱



観音堂には 馬頭観世音が安置されているといいます 左手には毘沙門堂


観音堂の左手前には、合併された東蹄山光明寺の毘沙門堂があります。

毘沙門堂 「東蹄山」と 光明寺の山号が書かれた扁額が懸かっています


また、観音堂の右奥には、堂前に「南無石神大明神」と彫られた石柱が建っているお堂があります。

お堂の前の石柱には 「南無石神大明神」とあります

「石神大明神」は、家内安全・子孫繁栄の御利益があり、子授け祈願の対象になっています。
よく見ると、石柱の形が象徴的ですし、太い横木の奥にある庇には 何かが載っているようです。


➜  印旛を歩く(10) 双子公園 (印西市・山田)

➜  印旛を歩く(12) 西定寺さいじょうじ (印西市・山田)


2015年2月11日水曜日

印旛を歩く(10) 双子公園 (印西市・山田)

前に 徳性院や水神社について書きましたが、その折に立ち寄った双子公園を今回は取り上げます。

印旛郵便局 ➜ 瀬戸宗像神社 ➜ 徳性院 ➜ 水神社 ➜ 双子橋
と進み、双子橋を渡って双子公園に向かいました。

この名前、どうして〈双子〉橋といい、〈双子〉公園というのでしょうか?
調べたいと思います。

双子公園 と その周辺
国土地理院 電子国土Webシステム配信の地図を利用


印旛沼の岸に沿って進みます


双子橋が見えてきます


双子橋の下を 南の方角(右)へと流れているのは印旛捷水路です


双子橋のプレート


橋の欄干にナウマン象のレリーフがありました


印旛沼の景色


双子公園へと向かいます


「印旛沼憲章」が掲示されていました


展望台からの印旛沼の眺め 1 (後日、2月中旬に撮影)


展望台からの印旛沼の眺め 2 (後日撮影)


面白い形をしたトイレがありました


ナウマン象の親子像


ナウマン象についての説明書き


公園から見えた食堂 すぐ隣には「ラーメンすずき」という店も・・


印旛沼自転車道 沿線案内図


双子公園を後にして、再び双子橋を渡り、印旛捷水路の西側にある道に沿って進みました。

「山田休憩所(双子公園)」とある道路上の金属板 サイクリング用?


印旛捷水路を北に向かって遡りました


軽費老人ホーム「よしきり」 鳥の名前からつけたのですね


「よしきり」近くの浅間橋


上流には 山田橋が雨でかすんで見えます


「よしきり」の所を西に折れ、瀬戸宗像神社へと進みました。
途中で、面白いものを見ました。

I さんによると、イノシシが通った跡とのこと


➜  印旛を歩く(9) 圓蔵寺 ・ 圓天寺 (印西市・山田)

➜  印旛を歩く(11) 願定院がんじょういん (印西市・瀬戸)