2018年3月2日金曜日

千葉県北西部の鳥見神社(16) <印西市・萩原鳥見はぎわらとり み 神社>

印西市内の鳥見神社の6回目。
今回は、「萩原鳥見神社」を取り上げます。

所在地は、印西市萩原〔字 辺田谷〕1424番地です。

 道路沿いに 鳥見神社の鳥居が見えます


明神鳥居に 「鳥見神社」と神額が懸かっています


鳥居右手の石造物 左 猿田彦大神碑 中 ・ 二十三夜塔


幟立て 明治26年(1893)のものです


参 道


境内 ・ 拝殿


拝 殿


この神社について、大正2年(1913)発行『千葉県印旛郡誌』所収の「六合村誌」のうち、「神社誌」に 以下のように書かれています(P.387)。

(5) 村社鳥見神社

萩原村 字辺田谷にあり、御炊屋姫命みかしきやひめのみこと饒速日命にぎはやひのみこと宇摩志摩知命うましまじのみこと伊弉諾命いざなぎのみこと伊弉册命いざなみのみこと保食神うけもちのかみを祭る。

勧請の年月は不詳。
古老の口碑に、往古、大和国城上郡(旧萩原 当今灰原)鳥見神社を分霊し勧請仕るに及び大破する中、往古、千葉介清胤公、寄附に依りて 本社 ・ 拝殿 ・ 鳥居 再建奉るところ、その後、相馬郡布川城主 豊嶋主膳正、寄附に依り、寛永8年(1631)9月建立奉る
その後、安政6年(1859)11月建立奉る

往古、松虫村 ・ 荒野村 ・ 萩原村 三ヶ村の(萩原郷の)郷社に これあるなか、往古以降、松虫村 ・ 荒野村 分郷に相成る 。
故に、鳥見神社、三ヶ村の中央に当たれり。

明治41年(1908)11月2日、許可を得て、萩原 字権現堂にありし三峯神社、同 辺田谷にありし稲荷神社を 本社に合祀す。

社殿、間口 1間、奥行き 1間。 御拝出 高柵手摺りあり。
拝殿、間口 4間3尺、奥行き 2間3尺。
境内、1,047坪。
神官は、郷社鳥見神社 祠掌 石井重徳。

氏子、97戸を有す。

境内9社を祭る。 即ち、

1 天照皇太神宮 大日霊貴命おおひるめのむちのみことを祭る。 由緒不詳。
         建物3尺四方
2 子安神社   木花開邪姫命このはなさくやひめのみことを祭る。由緒不詳。
         建物、3尺四方
3 阿夫利神社  大山祇命おおやまつみのみことを祭る。 由緒不詳。
         建物、1間方中に神。
4 香取神社   経津主命ふつぬしのみことを祭る。 由緒不詳。
         建物、1尺5寸四方。
5 琴平神社   大物主命おおものぬしのみことを祭る。 由緒不詳。
         建物は石祠
6 痳疹神社   少彦名命すくなびこなのみことを祭る。 由緒不詳。
         建物は石祠

7 天満天神社  菅原道真を祭る。 由緒不詳。
         
建物は石祠
8 疱瘡神社   稲脊脛命いなせはぎのみことを祭る。 由緒不詳。
         建物は3尺四方
9 道祖神社   岐之神くなどのかみを祭る。 由緒不詳。
         建物は石祠
(神社明細帳)

『新撰佐倉風土記』(二十五頁)に云う、「鳥見神社 萩原村 鳥見が丘に在り。  ◯ 旧風土記に曰く、饒速日命にぎはやひのみこと相殿神あいどのしん ・ 御炊屋姫命みかしきやひめのみこと味間見命うましまみのみこと を祭る所なり。 永禄中(1558~1570)梁簡むなふだを有す。 元禄中(1688~1704)社司しゃし・石井氏、吉田兼敬卿に請うて、正一位を奉る   (文末助字)


本 殿 向かって右の側


本殿には 彫刻が施されています


本殿右面の彫刻


本殿背面の彫刻


本殿左面には 彫刻がありませんでした


本 殿 向かって左の側


境内には 多くの石祠が祀られていました

小社も いくつかありました。

天照皇大神の小社


子安神社の小社


阿夫利神社の小社


参道を振り返って見たところ


大きな頌徳碑 鳥居の近くに 道路を挟んで建っていました