2018年4月6日金曜日

千葉県北西部の神社(18) <印西市・小林鳥見とみ神社>

当神社の所在地は、印西市小林〔字 花作〕2712番地です。

小林鳥見神社 前景 広い道路に面しています


幟を立てる金属製の旗竿が固定されています


鳥居 靖国鳥居です


標石 郷社ごうしゃ 鳥見大神とみのおおかみ」とあります


由緒書の石碑 鳥見とみ」とルビが振られています


当神社について、大正2年(1913)発行『千葉県印旛郡誌』所収の「木下町誌」のうち、「神社誌」に 以下のように書かれています (Pp.586~587)。

(1) 郷社 鳥見神社

小林村字花作にあり、御炊屋姫命、饒速日命、宇摩志間知命、大産日之命、天日鷲命、菅原這具魂を祭る。

永禄11戊辰(1568)3月19日、千葉之助平胤富 再建立。
明治12年(1879)9月16日、郷社に許可。
明治42年(1909)7月22日許可を得て、木下町小林字宿にありし愛宕神社天神前にありし天神社、同稲荷谷にありし鷲宮社を郷社鳥見神社に合祀す。

社殿 間ロ 7尺、奥行 7尺
拝殿 間ロ 5間、奥行 2間
境内 734坪
氏子 145戸

境内3社を祭る。即ち、
1 香取神社 経津主命を祀る。 由緒不詳。
  建物 間口 1間、奥行 4尺。
2 鹿島神社 武甕槌命を祀る。 由緒不詳。
  建物 間口 1間、奥行 4尺。
3 大杉太神 大直日命を祀る。 由緒不詳。
  建物 間口 1間2尺、奥行 1間。
(神社明細帳)


〇 町史に云わく、

小林字花作2772番地にある郷社なり。
祭神、饒速日命、御炊屋姫命、宇摩志間麻治命とす。
崇神天皇の御世3年の創立と伝う。
元還座 大和国城上郡庭白山、鳥見大神 御分勧請す。

(さき)に永禄11年辰(1568)3月、大檀那千葉の城主 千葉之介 平胤富の造営にして、臼井城主 原大蔵丞 平胤晴、三河国 神村隼人等のご寄付あり。
往古、18カ村の郷社にして、千葉城主 北方入冦、気門除けの社と言い伝う。
明治12年(1879)9月、郷社の許可を受く。

本殿は永禄11年(1568)3月11日の再建に係る。
昔、景行天皇 御巡幸のみぎり、当社地に御休憩。
遙かに常陸国を御瞻(せん)望あらせられ、「丹霞空濛」云々と御詠(ぎょえい)らせ給いしことは処々に註せり。
今、御旗社 馬小路其他の帰跡あり。 (???)

大神の苗裔利民の業を興したるに依り、当地方の開拓に功績あるを以て、往古18カ村の鎮守と奉祀せられたるものなりと云う。
毎年、9月9日 祭典を行い、郡より奉幣使の派遣あり。


鳥居の右手前にある手水舎


拝殿へと続く参道


参道の右手にある 古札 こ さつ納め所 


拝殿と その後ろに続く木造の瑞垣みずがき


拝殿正面


拝殿の右に 「招魂之碑」 鳥居が 靖国鳥居であるのは関連している?


大杉神社と不明の社(御輿舎か?)


左 幣殿(?)、 右 本殿


拝殿と本殿をつなぐ幣殿(?)の内部が見えます


本殿 左手から撮影


本殿の背面羽目板には 浮き彫りが施され、彩色されています


香取神宮から分祀された 香取神社


鹿島神宮から分祀された 鹿島神社


神武天皇社


菅原道真を祀った 天満宮


祓戸大神はらえどのおおかみ」 周囲に四本の柱が立っています


道路側から見た社務所


社務所正面 建物の右手には トイレがありました


社務所に掲示されていたもの 大麻」とは、おふだのことです


拝殿側から境内を振り返って見たところ


裏参道への鳥居 駐車スペースに面しています