最近、変わってしまった景色を三つ取り上げてみます。
まず最初に、JR成田線 木下駅近くにあった日本デキシーの給水塔。
日本デキシーは、紙コップをはじめとした食品紙容器メーカーです。
給水塔は、紙コップの形をしていました。
2013年の6月の初めに木下を訪ねたときにはあったのに、同年8月の下旬にはなくなっていました。
遠くからも見えた DIXIE の給水塔 (2011.11.25 木下万葉公園から撮影) |
今年の6月にはありました (2013.06.01 木下万葉公園から撮影) |
今はない給水塔のアップ (上の写真と同日、近くから撮影) |
どこを見ても給水塔の影はなし (2013.08.24 木下万葉公園から撮影) |
給水塔がなくなって、なんだか、ひどく寂しい気持ちがしました。
なお、木下にあった千葉工場は、すでに2009年10月に閉鎖され、栃木県真岡市に移転しています。
➜ 日本デキシー 真岡工場
真岡工場には、紙カップの形をした給水塔はないのでしょうね。
二つめは、鎌ケ谷の入道溜三差路の南にある三差路にあった畑。
なだらかな斜面に美しく広がっていました。
写真を もっといっぱい撮っておけばよかったと悔やまれます。
右奥のなだらかな斜面にあった畑 (2011.10.12 撮影) |
今年の8月の下旬にはコンビニができていました (2013.08.29 撮影) |
コンビニの後ろには空き地が残っています 草むらの向こうまで畑でした |
三つめは、多古町十余三の風景。
二年前に、私が道標に興味をもつきっかけとなったのが、下の石塔です。
石塔は、畑の端に ちょっとかしいで 寂しく建っていました。
西国三十三所供養塔 (2012.08.16 撮影) |
正面には、右下に「とつかう」(取香)、左下に「なりた」(成田)と彫られています。
彫られた文字の手前の方角には、取香や成田があります。
この道標は、正しい向きに置かれているわけです。
道標の建っている四ツ辻は旧道です(『多古町史』参照)。
江戸時代の昔から、大きく位置を変えられてはいないのでしょう。
両脇にも近辺の地名が彫られています。
これもまた当然ながら正しい方角を指し示しています。
詳しくは、いずれ ご紹介します。
ここにも 9月の初めにはコンビニが(2013.09.12 撮影) |
畑があったところには コンビニができました。
かしいでいた石塔もまっすぐに建て直されました。
きっと、「何だろう?」と注目する人も増えるでしょう。
「説明板があればもっと楽しめるのに」と思います。
この交差点の左手前には 道祖神があります |
小さな道祖神 近くには「道祖神」という名前のバス停があります |