この周辺は明治時代の中頃まで物木村という地区でした。
寺は、田圃から連なる傾斜地を上がった やや小高いところに建っています。
前に取り上げた瀧水寺や龍腹寺と比べると、ずっと低い標高に位置している寺です(下図参照)。
本埜にある 寺名に〈龍〉がつく三古刹の位置 (色別標高図と合成) |
国土地理院の電子国土Webシステムから配信されたものを利用
「龍湖寺」と 「湖」の一文字がついているのには、意味があるはずです。
山門の前には 左側に六地蔵が並んでいます |
山門へとのぼる道 |
山 門 仁王門ではなく 美しい二階建ての門 |
門 柱 「曹洞宗 龍湖寺」とあります |
境内に入ると正面には本堂、左手に大師堂が見えます |
印西大師 第四十七番札所の大師堂 |
印西大師 第四十七番札所の扁額 右 側 |
本家 第四十七番札所は、熊野山 八坂寺 (くまのさん やさかじ)。
その御詠歌が そのまま扁額に書かれています。
「花を見て 歌詠む人は 八坂寺(でら) 三仏じょうの 縁とこそきけ」
印西大師 第四十七番札所の扁額 左 側 |
こちらの扁額の方は判読が困難でした。
龍湖寺 本堂 |
本堂には 印西市指定文化財の「龍湖寺の絵馬」が掛けられています |
本堂の横から境内を望んだところ |
本堂側から山門に向かったところ |
境内側から見た山門 2階部分は鐘楼(いまは梵鐘がありません) |
龍湖寺から少し離れたところに印西市の本埜支所があります。
本埜支所の前には案内掲示板が置かれていて、本埜地区の地理的な概要を知るうえで大変便利です。印西市本埜支所 印西市に編入前は本埜村役場 |
本埜支所前に置かれている 本埜地区の案内掲示板 |
上記の案内地図部分を拡大 (赤線の囲みを追加) |
追 記 2014.08.01 (追加・修正 2014.08.15)
龍湖寺があるのは、明治時代中頃までは物木村。
Wikipedia によると、1889年(明治22年)4月1日の町村制施行に伴い、笠神村、中根村、滝村、龍腹寺村、物木村、荒野村、角田村、惣深新田飛地が合併して印旛郡本郷村(ほんごうむら)が発足。
同年同日、16の新田が合併して印旛郡埜原村(やわらむら)が発足。
1913年(大正2年)4月1日、本郷村と埜原村が合併し、印旛郡本埜村(もとのむら)が発足。
2010年(平成22年)3月23日、本埜村は印西市に編入合併。
旧本郷村に入っていた以下の地区には、それぞれに仏刹(ぶっせつ)(仏教寺院)があります(惣深新田飛地以外のすべての地区)。
・滝 瀧水寺(天台宗)
・龍腹寺 龍腹寺(天台宗)
・物木 龍湖寺(曹洞宗)
・角田 栄福寺(天台宗)
・中根 東漸寺(天台宗)
・中根 福聚院(天台宗) 中根の観音堂を所管する
・中根 観音堂(天台宗) 福聚院所管で、その東にある
・笠神 南陽院(天台宗) 押付新田の薬師堂を所管する
・荒野 安楽院(天台宗)
また、旧埜原村に入っていた地区には、以下の仏刹があります。
・押付新田 薬師堂(天台宗) 笠神の南陽院所管で、その北300m
・将監新田 蜜蔵院(真言宗豊山派)
➜ 本埜の古刹(2) 龍腹寺(印西市・竜腹寺)
➜ 本埜の古刹(4) 栄福寺(印西市・角田)