2017年12月30日土曜日

2017年・秋 新鎌ヶ谷駅 京成津田沼方面ホームが高架化

2017年10月21日(土)の始発から、新京成電鉄 北初富駅 ・ 新鎌ヶ谷駅 ・ 初富駅の 下り線(京成津田沼方面)のホームが高架化されました。

北初富駅については、以下の記事をご覧ください。

➜  2017.10.25 北初富駅 京成津田沼方面ホームが高架化

新京成電鉄・新鎌ヶ谷駅の改札口


新鎌ヶ谷駅の高架化についての説明図
(新京成電鉄 広報紙「CiaO」 2017年9月号 より)


ホームへと向かう通路


まだ高架化されていない 下り線(松戸方面)ホームの方から見ていきます。

初富駅方面を見たところ 線路の右手には イオンの建物が見えます


南から見た 新京成線 新鎌ヶ谷駅 右下は東武野田線


初富駅方面を向いて左手には 高架化されたホームの外壁が見えます


平成31年度(2019)には上り線(松戸方面)も高架化される予定です


上り線(松戸方面)ホーム


上り線ホームからの階段


下り線(京成津田沼方面)ホームに進みます


下り線ホームとの間をつなぐエレバーター


下り線ホームへの 上り方向エスカレーター乗り場


下り線ホームからの 下り方向エスカレーター降り場


下り線(京成津田沼方面)ホームのエレベーター乗り場


下り線ホームの 上り方向エスカレーター降り場


下り線ホームからの 下り方向エスカレーター乗り場


線路と直角に置かれたベンチ


京成津田沼方面行きの電車が入線 「千葉中央」駅行きです


高架化された初富駅方面の線路

2017年12月25日月曜日

千葉県北西部の鳥見神社 (7) <白井市・富ヶ谷鳥見とり み 神社>

これまで白井市の鳥見神社を見てきましたが、その最後の回です。
今回は、かつての富ヶ谷村、字 仲ノ下にある「富ヶ谷鳥見神社」を取り上げます。

本神社は、北総線 白井駅から 南南東に1.3㎞ほど進んだ位置にあります。
近くには、千葉県立白井高校があります。
所在地は、白井市復〔字仲ノ下〕674番地です。

この「鳥見神社」の読み方ですが、『しろい散策マップ(改訂版)』(白井市教育委員会 2010)の P.12には、「鳥見」に「とりみ」とルビが振ってあります。

道路沿いに 富ヶ谷鳥見神社への入口があります


掲示板に「富ヶ谷」とありました


石段があり、上の方に鳥居が見えます


鳥 居 明神鳥居です 


「鳥見神社」と神額が懸かっています


石 祠  2基

『白井町石造物調査報告書 第一集』(白井町教育委員会 1986)に拠ると、富ヶ谷鳥見神社の境内には、石祠 ・ 手水石等、10基の石造物があるそうです。


社殿の前に 円い輪があります


「茅萱の輪くぐり」という説明板がありました


「鳥見神社再建記念」の碑

上の石碑の内容を 以下に書き出します。


鳥見神社再建記念

富ヶ谷区鳥見神社は 饒速日命にぎはやひのみこと富美屋毘賣命とみやびめのみこと宇麻志摩遅命うましまじのみことを祀る。
鎮座年暦は不詳。
旧社殿は慶安元年(1649)に建立されたと伝えられる。

代々に亘り 当区産土神社として崇められて参りましたが、其の尊い神様の神留まり坐す社殿も三百数十年の年月を経て老朽化も甚だしく、破損箇所も目立ち 尊厳の護持も難しい状態と成りました。

近時、改修の機運が起こり、氏子数が僅か九戸の小規模村ではありますが、よく心を合わせ協議の結果 「新造営」が決議されました。
直ちに建設委員会が構成され、氏子崇敬者からは予算を上回る奉賛金が寄せられ、起工より神霊の加護の下、恙なく立派に目出度く竣工しました。

此れを後世に伝え、向後に氏子崇敬者皆様の繁栄と輝かしい未来への大いなる祈りを込めて記念の石碑を建立します。

平成十一(1999)年 十二月吉日


饒速日命と富(登)美屋毘賣命は夫婦であり、宇麻志摩遅命は二人の子であるとのこと。
富美屋毘賣命は、三炊屋媛みかしきやひめ、そして鳥見屋媛 と み や びめともいわれるそうです。
「鳥見神社」の「鳥見」は、「とりみ」以外にも「とみ」と読まれます。
関連があるように思われます。


社殿


「鳥見神社」と神額が懸けられています


角度を変えて見た社殿
賽銭箱には 沢瀉おもだかがあります


社殿側から鳥居を見たところ


参道(石段)


入口の右側の手前には 「富ヶ谷薬師堂」があります


左 印西大師番外の大師堂、 右 薬師堂(富ヶ谷集会所)

神社の石段の下にある 富ヶ谷薬師堂のまわりには、石仏 ・ 庚申塔 ・ 力石等、25基の石造物があるとのことです。


2017年12月24日日曜日

千葉県北西部の鳥見神社 (6) <白井市・白井鳥見とり み 神社>

今回取り上げるのは、白井市・白井の「白井鳥見神社」です。
所在地は、白井市白井〔字東郷〕391番地の7です。

境内にある解説板(白井市教育委員会作成)等や、『しろい散策マップ(改訂版)』(白井市教育委員会 2010)の P.19を見ると、「鳥見」は「とりみ」と読むとのことです。

この神社は、木下街道から北西に100mほど入ったところにあります。

木下街道沿いの理髪店の横に 大きな看板があります


「鳥見大明神 参道」とあります


参道を進むと、鳥居が見えてきます


鳥居の右手にある カラフルな不動明王像 と 庚申塔(1848)


鳥 居 正徳3年(1713)建立  明神鳥居です
額束に「鳥見大明神」と彫られています


解説板には、石造鳥居として白井市内最古である と書かれています


鳥居をくぐると正面にある拝殿


拝殿に貼られていた とても分かりやすい解説文
白井市郷土資料館の学芸員の方が執筆されています


拝殿の右前方には 建物があります


不動堂であるようです


「白井不動尊」という扁額が掲げられていました
鳥居の右手に不動明王像がある意味が分かりました


大正2年(1913)発行の『千葉県印旛郡誌』の「白井村誌」には、村社 鳥見神社の一社として以下のように書かれています(後編 Pp.480)。

(18) 村社 鳥見神社

白井橋本村 字東郷にあり、饒速日命にぎはやひのみことを祭る。
由緒不詳。

社殿、間口 1間3尺  奥行き 1間3尺。
境内、40坪(民有地 山口維文持ち)あり、氏子、13戸を有す。


境内、1社あり。 即ち、
 1 日枝神社 素盞嗚命すさのおのみことを祭る。由緒不詳。
  建物、間口 9尺 奥行き 6尺なり。 

(神社明細帳)

かつては狭い境内であったことが分かります。


拝殿の後ろ側に回ってみました


本殿は覆い屋の中にあります


本殿の正面


本殿の左側


本殿覆い屋


多くの境内社があります。

大きめの祠があります よく分かりませんでした


階段の上にも小祠があります


「三峯神社」でした


「氏神々社」、「天満宮」(1928)、「諏訪大明神」(1866)の石祠


出羽三山碑が3基並んでいます


土地寄進の記念碑 右は昭和4年(1929)建立

拝殿の左側の場所(下の写真の場所)が、寄進された土地であるのかもしれません。

拝殿の左手に 小高くなった所があります


「浅間大菩薩」の石祠 弘化4年(1847)

浅間せんげん神社でした。
小高い所にあった意味が分かりました。

境内に、他では あまり見られない面白い石碑がありました。

「北海道一周観光旅日記」の碑 昭和44年(1969) 

同様な記念碑は、もうひとつありました。
「九州一周観光記念碑」(1965)です。
出羽三山碑の現代版のような感じです。


付 記

掲載した写真は、2016年6月中旬に撮影したものです。