2017年11月18日土曜日

印旛を歩く(41) 慶昌寺 (印西市・萩原)

慶昌寺の所在地は、印西市萩原1242番地です。
萩原地区構造改善センターの南西 300mほどの位置にあります。

曹洞宗のお寺です。

慶昌寺 山門
右に「龍谷山」、左に「慶昌寺」とあります


この寺の本尊等について書かれています
「本尊 釈迦牟尼仏 奥座本尊 弥陀三尊」とあり


「慶昌寺」は、大正2年(1913)発行『千葉県印旛郡誌』の「六合村誌」のうち、「寺院仏堂誌」に以下のように書かれています(後編 P.391)。

(1) 慶昌寺

萩原村 字辺田谷 へ た やつにあり、曹洞宗にして東祥寺末なり。
阿弥陀仏を本尊とす。
永正14年(1517)11月、開山 大清 全真和尚 創立。
嘉永2年(1850)10月、30代 住任山 良運和尚 再建す。

堂宇 間口 9間、奥行き 6間3尺。
庫裏 間口 6間3尺、奥行き 3間3尺。
境内 1,140坪あり。
檀徒 676人を有す。

(『寺院明細帳』より)


本堂 全景 銀杏が美しい


本堂 正面


天神社と大師堂がひとつになっています


天神社の扁額 「観音天神」とあります(神仏混淆の名前です)


菅原道真像


弘法大師像


印西大師 第57番札所の扁額 御詠歌は、本家 栄福寺(愛媛県)のもの

「八幡」は 八幡宮 の意で、「やはた」と読むようです。
寺(慶昌寺や栄福寺)のご利益を述べている御詠歌です。

(この寺は) 現世においては 弓矢を守る八幡宮であり
来世においては 人を救う阿弥陀如来がおわすのだ

といった意味のようです。

神仏混淆であった時代を彷彿とさせます。

先に見たように、本寺では 天神社と大師堂がひとつになっています。
これも象徴的なことです。


梵鐘 「幸運の鐘」と書かれています


本堂前の柿の木と銀杏


本堂の左にある観音堂 「千手観世音菩薩 霊場」と書かれていました


田圃を挟んで 慶昌寺の反対側に見える長屋門


路傍の馬頭観音


印旛村当時からの表示が立っていました


道路脇にあった小さな池 溜池なのでしょうか