2013年4月12日金曜日

鎌ケ谷の大師堂(2) 第12番札所 初富稲荷神社

しょっちょう ここを訪れているのに、しっかりと見てはいないということが今回わかりました。
大師堂を撮った写真がフォルダーの中に見つからないのです。

大師講に関わる石碑の写真

初富稲荷神社の勢子土手の写真を選んでいたら、大師堂の写真が見つかりました。
人の後ろとなってしまい よく写っていませんが、確かに大師堂です。

中のようすがちょっとだけ見えます
いずれにせよ、再訪して よい写真を撮ってきます。



2013.04.15 追 記

初富稲荷神社に 大師堂の写真を撮り直すために出かけていきました。

鳥居の前から撮影

この写真をよく見ると、左隅の方、電柱の後ろに大師堂が写っています。
また、その右隣にも小堂が見えます。ここにも大師座像が安置されています。

初富稲荷神社 拝殿

明治の時代になり、江戸時代には馬の放牧場(中野牧)の一部だったところが初富と命名され、この地は東京からの入植者を迎えました。
それに伴って設けられたのが この神社です。

由緒書き

入植直後の明治2年の創建とあります。
明治の初めの開墾は苦労を窮めたもののようです。
それについては、またいずれ。

さて、大師堂は拝殿の左手前方向に置かれています。

すっきりとした大師堂です

大師堂の扉の上には、下の額が かかっています。
東葛・印旛大師講の札所は、四国八十八ヶ所霊場を模して設けられています。
第十二番の札所は、本家である四国霊場においては 阿波の国焼山寺です。

初富稲荷神社は、東葛・印旛大師講の第十二番札所
大師堂の背面には結願(けちがん)を記念して、平成7年4月に再建された旨が書かれています。

はじめにもふれましたが、大師堂のすぐ右隣には、大師の座像が安置された小堂があります。

御大師様の顔が見えます

なぜ大師堂のすぐ横にも大師座像を安置した小堂を置いたのかは、わかりません。
資料によると、この大師座像は明治20年3月に造立されています。
大師堂の方の大師座像は「年紀不明」です。


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