ジャン・シベリウス(Jean Sibelius:1865〜1957)は、91歳という長寿を全うしたが、その生涯の後半40年間は作品を発表しなかった。
ストラヴィンスキーやシェーンベルクの作品が世に受け入れられるようになった頃には、もう筆を折っていた。
耳に快い 調性を基礎とした音楽は、行き着くところまで行ってしまっていたのだ。
作品のうえからは、その最晩年といえる1920年代に、 緊密な構成により高い精神性を備えた作品群を公にしている。
交響曲第6番(1923)、交響曲第7番(1924)、交響詩『タピオラ』(1925)が それらである。
これらの YouTube の動画だが、交響曲の6番と7番は エサ=ペッカ・サロネンがスウェーデン放送交響楽団を指揮したものであり、また、交響詩『タピオラ』 は パーヴォ・ベルグルンドがフィンランド放送交響楽団を指揮したものである。
シベリウスの作品は、交響詩『フィンランディア』(1899)、交響曲第2番(1902)、3曲目に愛らしいマーチを含む『カレリア』組曲(1893)等が有名だが、本領は 〈作品の最晩年〉に生み出された作品群にある。
シベリウスはヴァイオリニストでもあったので、弦楽器を知り抜いていた。
交響曲第6番、第7番等においては、各弦楽器のセクションを さらに細分化し、精妙な響きを形づくっている。
これらの作品の素晴らしさに気づかせてくれたのは、クルト・ザンデルリングがベルリン交響楽団を振った CD である。
交響曲第7番は、いまでも この CD がベストだと思っている。
交響曲第6番は、1982年に オッコ・カムがヘルシンキ・フィルを率いて来日したときの演奏会のライブ録音が好きだ。
あたたかく闊達で自由な感じがする。
交響曲第6番と第7番は続けて演奏されるべきだという人がいる。
両者は響きが同質であり、その精神性でも深くつながっているので、続けて聞いても全く違和感がない。
カムがラハティ交響楽団を振った最近のSACD(ハイブリッド)3枚組による交響曲全集では、この2曲が一枚に収まっている。
交響曲第6番の演奏スタイルは、遙かな昔となってしまった来日時のものと そんなに変わっていないように感じられる。
同じラハティ交響楽団を振ったオスモ・ヴァンスカの演奏が 精妙ながら やや冷たい肌ざわりであるのと好対照である。